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函館地方裁判所 昭和49年(ヨ)4号 判決

債権者

山本馨

外一名

右両名訴訟代理人

大巻忠一

債務者

上磯町漁業協同組合

右代表者

瀧本正雄

右訴訟代理人

嶋田敬

主文

一  本件申請はいずれも却下する。

二  申請費用は債権者両名の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

(一)(1)  債務者が昭和四八年一一月二八日、組合員滝本正雄に対し、同人が昭和四九年一月一日から昭和五三年一二月三一日まで上磯郡上磯町地先A級沖一号小定置漁場において小定置漁業を操業することを承認した意思表示の効力を仮に停止する。

2 債権者山本馨は右の期間内において、かつ本案判決確定に至るまで右漁場において小定置漁業を操業することができる。

(二)1  債務者が昭和四八年一一月二八日組合員堂端明に対し、同人が右の期間上磯郡上磯町地先一区C級四号小定置漁場において小定置網漁業を操業することを承認した意思表示の効力を仮に停止する。

2  債権者福田留次郎は、右の期間内において、かつ本案判決確定に至るまで、右漁場において小定置漁業を操業することができる。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨。〈以下省略〉

理由

一(争いのない事実)

債権者らが主張する「申請の理由(一)(被保全権利)の1ないし4」の事実については、当事者間に争いがない。

二(理事会成立の手続的瑕疵について)

(一)  〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

債務者理事会は、昭和四八年九月下旬、本件小定置につき、あらかじめ漁業権管理委員会の意見を聞いたうえ、漁場の位置、承認の総数、申請者の数が右承認数をこえた場合の承認基準の大要、申請方法等を定めた。同年一〇月二、三日開催された公聴会において各組合員に対して右の事情を説明した後、一〇月一一日漁場の公示を行い、各組合員に対し申込み及び受付け方法を伝達した。一〇月一二、一三日の両日申請を受付けた。山本隆(昭和四七年一二月二七日債務者の組合長に選出された)は昭和四八年一〇月一六日書面にて「組合長を一身上の都合により、辞任する」旨の意思表示をしたので、同年一一月七日の臨時総会において理事滝本正雄が組合長に選出された。本件小定置行使承認審査等を議題(以下「本件議題」という。)とする理事会を同年一一月一〇日開催する旨の招集通知が債務者組合長名義で一一月八日申請外山本隆を含めた各理事全員に対してなされ、右理事会が一一月一〇日に本件議題で監事同席のうえ開かれた。

右理事会においては、理事七名(山本隆を含む)全員出席のもとに、本件議題の日程、処理方法等につき協議され、次回以降の日程として、一一月一三日以降継続して本件議題の審査を行うこととした。右一三日以降の日程について、各理事に対してあらためて招集通知はなされなかつた。右一三日函館海上保安部から「債務者組合員が、いわし小定置の漁場で、さけ定置漁業を行つている」との疑いで捜査を受け、山本隆、債権者山本を含む五名の使用していた網がさけます用のものであることが判明し、違法操業であるとの指摘を受けた。そのため同日理事会は、一応理事全員が出席のうえ開かれたものの本件議題に入ることができず、その後一四日には右違法操業の問題が解決するまで本件議題は棚上げにすることとした。一一月一五日は右違法操業問題の処理に忙殺され、一一月一六日にようやく山本隆を除く全員出席のうえ、一一月一八日から本件議題に入ることを申し合わせたうえ同日以降二七日まで山本隆(後に説示のとおり一一月一七日には「理事をも辞任しない」旨の届出した)を除く全理事出席のもとに、連日、本件議題を審議し、本件承認基準は一一月一八日に決定された。債権者山本と滝本とのA級沖一号についての競願審査は一一月二四日当事者である滝本を退席させたうえ行われた。債権者福田と堂端とのC級四号についての競願審査は一一月二六日に行われた。その間山本隆は一一月一〇日及び一三日、一四日の理事会には出席したが、一四日には前記違法操業の問題等が審議されたため、違法操業の疑をかけられている当事者として退席し、一七日には「理事をも辞任する」旨の届を提出し、以後二一日に右違法操業の処分問題で出頭したほかは理事会を欠席し、山本隆が右辞任届を提出後同年一二月一二日まで新理事は就任しなかつた。債務者理事会は一一月一八日の議事において、本件行使規則一一条一項各号につき承認基準を協議し、従来の承認基準を改定すべき点を検討した結果、出席した理事六名の全員一致で別紙一のとおり本件承認基準を定めた。一一月二四日行われた債権者山本と滝本とについてのA級沖一号、一一月二六日行われた債権者福田と堂端とについてのC級四号の、各審査は本件承認基準の各項目につき、事務局から提出された各人の過去数年の実績についての資料、説明に基づいて、相互に各項目毎に各競願者につき増点、減点幅を協議し合い、一致した議決に基づいて減点幅を決定した後、各理事が右減点幅の範囲内で自らの判断で、本件承認基準に定められた満点から減点したうえ採点し、事務局において各項目毎に各理事の採点結果を集計し、平均点を出し右平均点の全項目の合計の多い方を優先させるという方法で行われた。債権者山本、同福田、滝本、堂端についての採点結果は別紙二のとおりであつた。

右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右事実に徴すると、債務者理事会は、昭和四八年一一月一〇日適法に開催された際、本件議題の審議に入つた後、「同議題につき一一月一三日以降継続して審議する」旨議決したものの、その後一一月一三日違法操業の疑いで摘発を受けるという不測の事態が発生したことにより、本件議題の審議に入ることができず、中断せざるをえないこととなり、その再開の予定もたたない状態であつたことがうかがわれる。理事会は以後同月一七日まで右違法操業の問題で忙殺されたもので、このような事態は前記一〇日の理事会の段階では全く予想されていなかつたものであり、このような事態が発生したことによつて、右一〇日の本件議題の審議日程に関する議決はまつたくほごになつたと解され、それだからこそ、同月一六日に至つて、新ためて同月一八日より本件審議に入ることを決める必要があつたものと解されるのである。

以上結局一一月一〇日、一三日から一七日、一八日以降各開催された理事会はそれぞれ別個のものであつて継続会ではないと解するのが相当である。したがつて右一三日以降及び一八日以降の各理事会についてはそれぞれ組合長による招集通知が各理事に対してなされるべきところ、一三日の理事会には理事全員が出席し、一八日に理事会を開催することについては一六日の理事会の際山本隆を除く全理事によつて議決されているのであるから、山本隆以外の各理事に対しては、あらためて通知がなされなかつたとしても、特に理事会の招集手続に瑕疵があつたとまで解する必要はない。しかし、山本隆は、一四日の理事会で違法操業の問題が議題となつたため、利害関係人として退席し、その後の理事会に欠席していたのであり、一七日辞任後も理事としての権限を有していた(債務者定款三六条)のであるから、一八日以降本件議題を審議することが定まつた段階において、あらためて通知がなされるべきであつたにもかかわらず、同人に対して通知がなされなかつた点において右一八日以降開催された理事会の招集手続には瑕疵があつたと解するのが相当である。

(三)  ところで、理事会における債権者ら及び滝本、堂端に対する採点結果が別表二のとおりであることは前記説示のとおりであるが、もしも山本隆が採点に加わつていたならば結果が異つていたか否かについて検討する。

債務者の定款(以下「定款」という。)によると、理事会の議事は、理事の過半数が出席し、出席した理事の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するところによる(三四条)とされていることが、〈証拠〉によつて認められる。したがつて、本件承認基準の各項目はいずれも山本隆を除く六名の理事全員が出席し、全員一致で議決されており、仮に山本隆が出席して反対したとしても、弁論の全趣旨(当時の実情)からみて本件承認基準そのものを変更させることは不可能であつたと推認せざるを得ない。

次に本件承認基準に従がつて行われた採点において、結果が異つたかについて検討する。債権者山本と滝本との場合、山本隆は債権者山本の弟であるから、審議される者の利害関係人として、採点には参加しえないことが弁論の全趣旨によつて認められるので右採点結果に影響がないことが明らかである。又、債権者福田と堂端の場合、債権者福田が減点されているのは第四項目、第五項目、加点されていないのは特別勘案事項であり、堂端が減点されているのは第四項目、加点されているのは特別勘案事項であるから、山本隆が採点に参加し、債権者福田の第四項目、第五項目を減点なし(二五点、一五点)特別勘案事項を五点に採点し、堂端の第四項目を同人につき最も低い点数をつけた者の点数と同点(二四点)、特別勘案事項を〇点として採点したと仮定すると、債権者福田の第四項目の平均点は二四、五七点、第五項目は一三、七一点、特別勘案事項は〇、七一点となり、各項目の平均点の合計は九八、九九点となる。一方堂端の第四項目の平均点は二四、二一点、特別勘案事項の平均点は一、七一点、各項目の平均点の合計は一〇〇、九二点となり、債権者福田の合計点を上まわる。

従つて、山本隆が理事会に出席し、採点に参加したとしても、債権者らが滝本、堂端よりも獲得点数において上まわることはきわめて困難であつたと云わざるを得ない。

次に「山本隆が理事会に出席していたならば、他の理事に対する説得、組合員に対する働きかけによる組合与論の盛り上げ等によつて他の理事の見解を改めさせ、結論に影響を与えていたであろう」との債権者らの主張については、これを認めるに足りる疎明がない。かえつて、前記のとおり理事会が、審議内容が異なり、別個の目的で開かれているとはいえ一一月一〇日、一四日から一七日まで、一八日以降とさ程期間的に離れていない時期に開かれているにもかかわらず、一四日に退席後引続き欠席し一七日に理事をも辞任する届を提出したまま二一日には出頭しているにもかかわらず、期日を確認したり問い合わせもしなかつた山本隆において、他の理事や組合員に働きかけるだけの影響力や関心、意欲があつたかきわめて疑わしいと考えざるを得ない。

更に証人川越平雄の証言によれば山本隆が組合長を辞任するに至つた動機の一つとして、債権者山本と滝本とがA級沖一号において競願するに至り、債権者山本が滝本に敗れるのではないかということが予想されたため、山本隆が組合長をしていながら、そのような事態を招くに忍びないと考えたためであることが認められるが、そのような心理状態にあつた山本隆において、辞任後の理事としての権限を行使してまで債権者山本のために動く意欲があつたとは、とうてい理解しがたいところである。

以上の次第で山本隆が理事会に出席したとしても本件小定置行使承認審査における債権者らと滝本、福田の優劣を決する結論には影響がなかつたものと考えるのが妥当であり、そのような事情と、理事会がきわめて接着した時期に開かれており期日を知ろうとすれば容易に知り得た状況にあり、又右のとおり近接して開かれることは周囲の事情からみて当然推察しえたはずであつたのに、山本隆はあえてこれを無視して出席しなかつたともみられる本件においては山本隆に対し前記一八日以降の理事会開催の通知がなされなかつたことは、右理事会においてなされた本件審査を無効とするほど重大な瑕疵ではないと解するのが相当である。

三(本件承認規準の適法性)

(一)  本件承認基準(別紙二)の決定及び内容、それを適用しての本件小定置行使承認審査、行使権者決定に至る手続的経緯は前記判示のとおりである。

ところで承認基準の定め方について、本件行使規則(疎甲二号証)は漁業権行使の申請が、あらかじめ定めた定数よりもこえた場合には、理事はあらかじめ管理委員会の意見を聞いたうえ少くとも本件行使規則一一条一項各号に掲げる事項を勘案して漁業ごとに承認基準を定め(一一条)、その場合には当該漁業時期の一〇日前までに公告しなければならないと規定しているのみで、特にそれ以上承認基準の定め方内容等について具体的規制を加えにていない。したがつて、いかなる時期に承認基準を定めるか、いかなる内容のものを定めるか等については、相当程度理事会の裁量に委ねられており、基準決定の意図目的に不正があるとか、基準が著しく公平、正義に反する、組合設立目的、組合員全員の利益に反する等一見明白に右規定に違反すると考えられる場合のみその承認基準の無効の問題が生ずると解するのが相当である。

(二)  そこで右の見地から債権者らが主張する本件承認基準の定め方、内容の違法性について遂次検討する。

1  本件承認基準を定めた時期が「申請を締切り、競願者が判明した後であつたことが違法である」との主張は理由がない。すなわち本件行使規則一一条一項は、その規定の文言から明らかなように、漁業権行使権者となることを申請した者の数があからじめ定めた定数をこえる場合、に承認基準を定めることとしているのであつて、右申請者が定数をこえるか否か判明しないうちに、あらかじめ承認基準を定めることは要求していない。これは申請の受付けを締切つてみて、申請者の数が定数を越えていなければ、承認のための審査をする必要がないのであるから、その場合は承認基準も不要であり、したがつて承認基準を定めるのは定数を超えることが判明してからでよいという趣旨であろうと解される。もとより、本件承認基準のように権利の優劣を定める基準はあらかじめはつきりと規定しておくならば特定の者に有利な承認が行われたりする不公正の生ずる余地は、より少くなると考えられる。しかしながら、だからと云つてあらかじめ定めておかないことが、そのこと自体として違法であると解することは右に述べたところからみて相当ではない。

2  本件承認基準第二項目の規定する「従来操業して来た漁場と異つた漁場へ移動する場合の減点幅が従来の承認基準の定めていた減点幅よりも少いことが、本件行使規則一一条一項及び漁業法二三条に違反する」という主張は理由がない。すかなち、まず本件行使規則第二項が「当該漁業についての経験の程度」を勘案事項と規定していることから、同項がいわゆる既得権者の保護を定めた趣旨であると解することは規定の文言上からも困難である。たしかにいわゆる既得権者と云われる者ほど従来同一の漁場で操業してきた者は、経験が豊富であるから、そのことが経験の程度をはかる一つの資料となり得ることは否定しえないところであるが、そのことから直ちに一般的に既得権者のみを保護する規定であると解することは相当でない。まして、新規にその漁場を操業することを希望する者に対し画一的にハンデイーを与えてまで従来の操業者を保護しなければならないことまで定めた規定であると解することができない。

〈証拠〉によれば漁場移動による減点幅を少くしたのは新人が入りやすくするためであることが認められ、他の組合員にも小定置に参加できる機会を与えたためと解されるるのであるから、その限りでは債務者理事会の決定には何ら違法はない。

又漁業権を物権とした漁業法の規定(同法二三条)からただちに従来特定の漁場で操業してきた者が、行使期間経過後も既得権者として、継続してその漁場で漁業権を営みうる者として認められるべきであるという考え方は導き出されない。すなわち、同法は、漁業権そのものについてさえ存続期間を定め(同法二一条)、右存続期間経過後既得権者を保護すべき旨の規定をおいていない。又同法にもとづき漁業権行使について定める本件行使規則、本件承認基準にも既得権保護について規定するところはない。したがつて右行使規則、承認基準によつて組合理事が承認し、漁業権者そのものではなく組合の有する漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有するに過ぎない漁業権行使権者に既得権を認めるべきであると解することが相当でないことは云うまでもない。

なお債権者らは「従前から操業して来た漁場を第一希望に申請すれば、特段の事情がない限り、当然承認される慣行があつた」旨主張するけれども、これを認めるに足りる疎明はない。したがつて本件承認基準第二項目が違法であるとする債権者らの主張は理由がない。

3  債権者らは本件承認基準第三項目が「従来の基準と異なる文言を用いていることからこれが債権者らに不利になるとし、本件行使規則に違反する」とするが、〈証拠〉によれば、本件承認基準第三項の「当該漁業」という文言は不正確であつて従来と同様「当該漁場」と書かれるべきであり、債務者としてはそのように解し、本件審査も「当該漁場」と解してなされたことが認められる。〈反証排斥〉。したがつて、債権者らの主張は同人らの独自の推測であり、理由がない。

4  債権者らは本件承認基準第五項目は債務者組合への協力度を勘案事項としているけれども、これは「財産を保有する者を不当に優遇し過ぎる結果を招来するものであるから違法である」と主張するけれども理由がない。すなわち右規定が財産保有者を不当に優遇するものであるという事実は本件全証拠によるも認められない。債務者といえども一つの組織体であるから、その存続を図るためには組合員の協力を必要とし、一面組合の存在によつて組合員が利益を受けている以上、何らかの形で組合組織の維持発展に協力することは組合員たる漁業者の義務であると考えられるところ、本件承認基準第五項目の定める債務者が行つている信用事業(貯金、貸付金)、利用事業が債務者の財政上大きな柱となつていることは、弁論の全趣旨から容易に推認しうるところであつて、それに対する協力を組合員に対して求めたからといつて、それ自体として違法であると解することは相当でない。

5  本件行使規則一一条一項五号の「その他理事が必要と認める事項」の比重が同条一項一号ないし四号よりも強いから「該号に該当する承認基準の配点も低くあるべきである」とする債権者らの主張は、同条一項の一号ないし五号が併列して規定してある同条の解釈として特に根拠のあるものとは考えられず失当と云わざるを得ない。

これは〈証拠〉によれば従来の承認基準と本件承認基準で各項目についての配点が異なる部分が特別勘案事項の五点を加点した部分のみであり、他は同じであることが認められることからも裏付けられる。債務者において旧従来から本件承認基準第四項と同じ規定について二五点を配分し、同第五項目と同じ規定について一五点を配分し、理事の間で別段の異議も出されず承認されていていたところ、そのような配点につき従来組合内部では特に問題視されていなかつたことは当事者間に明らかに争いがないところである。このことは、本件承認基準の配点が組合内部の実情に照して特に不合理なものでなかつたことを推認させるものであり、むしろ、今回に至りにわかにその不合理性を指摘すること自体不自然であつて、この点に関する債権者らの主張は採用しえない。

6  本件承認基準中、従来の承認基準に比して、「特別勘案事項が新設されたけれども、これは債務者役員又はその経験者を不当に優遇することとなる可能性があり違法である」旨債権者らは主張するところ、その運用如何によつては全く無いわけではないと考えられる。しかしながら、債務者が存続していくためには債務者役員がある程度組合事業に従事することが必要であり、その結果債務者が発展すれば、組合員が利益を受けることとなることは、〈証拠〉によつて容易に推認されるところである。そのような立場の債務者役員等に対し、ある程度優遇される規定が定められたとしても、そのこと自体違法であると解することは相当でない。

四(本件承認基準の運用と理事会の権限)

(一)  本件行使規則は、競願者があつた場合の承認について、理事が同規則一一条一項一号ないし五号に掲げる事項を勘案して承認基準を定め、これに従つて承認することとしている(同条一項)けれども、その承認基準をどのように運用するかについては定めていない。さらに本件承認基準をみると、各項目とも、承認審査の採点において、勘案すべき事項を定めているが、いかなる事実を、本件承認基準に該当するものとして取り上げるか、右事実をいかなる資料によつて確定するか、採点上、どの事実、資料にウエイトがおかれるべきか、等については、第二項目において、移動した場合に減点するとしているほか、ほとんど具体的に規定していない。したがつて右の事実、資料の選択、評価については理事の判断に委ねられているものと解せざるを得ず、理事の判断が違法とされるのは、虚構の事実、虚偽の資料にもとづいて審査したことが明らかであるとか、配点の方法が著しく不公平であつて、社会通念上正義に反すると考えられる場合、等に限られると解するのが相当である。

(二)  〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち債務者理事会は、昭和四八年一一月二四日、債権者山本と滝本との競願につき、いずれをA級沖一号において優先させるか審査した。まず本件承認基準第一項目については債権者山本が隣網に比して休漁(揚網)期間が長かつた(すなわち昭和四六年から四八年にかけての八月から九月にかけて毎年約一カ月の休漁していた。しかし近隣の者はそれ相当の漁獲を得ていた。)こと、その間ホツキ貝漁をしていたこと、A級沖一号は茂辺地寄り漁獲量も多いけれども、漁網も船舶に破られる率が高いので、その網の修理に必要な相当期間は休漁期間から除外しており、しかも自己所有の倉庫を賃貸して一カ月金三万円位の収入を得ていた。他方、滝本が北洋の網修理や製網の下請をしていたこと等を比較検討して各〇、五点内で減点することとした。本件承認基準第二項目については、債権者山本が休漁期間が滝本よりも多いことから一点以内で減点することとし、他方、滝本が従来操業していたA級岡一号から一段階沖への申請であるから〇、五点減点する。本件承認基準第三項目については、債権者山本が特に減点事由なく、滝本がA級沖一号の網を保有せず、A級岡一号の網しかないが、加工施設を有していることを考慮して一点以内で減点する。本件承認基準第四項目については、債権者山本について、いわしの出荷が昭和四五年度皆無、四六年度七〇〇キログラム、四七年度一〇〇キログラム、四八年度なかつたのに対し、滝本が四五年度一万一六三〇キログラム、四六年度一万一一九〇キログラム、四七年度一万九四九〇キログラム、四八年度数千キログラムであつたことが比較され、債権者山本についてのみ一点以内で減点することとした。本件承認基準第五項目については、債権者山本が利用事業の面で自らの車で鮮魚市場へ搬出していることがしばしばあり、債務者のトラックを利用することが少く、日用品の購入が少いことが資料とされて一点以内で減点する。特別勘案事項については、債権者山本が過去に総代として漁業管理委員として功労があるので一点以内で加点し、他方、滝本が二〇年にわたり債務者の理事者として、家業を雇い人に委ねてまでも日中から組合に出勤して経営難の債務者の再建に尽力したこと、事務の仕事もする程債務者の仕事に熱意があつたこと、などから五点以内で加点することとした。

一一月二六日債権者福田と堂端とについて競願の審査をした。そして第四項目については双方とも餌場を他に直接売り口銭を債務者に納入しなかつたので減点し、第五項目では債権者福田が組合に対する貯金が他者に比して少いという理由で減点されたこと、特別勘案事項では、堂端が青年部長、管理委員などして組合運営や事業に協力したことなどから加点された。以上のほか諸般の事情を参斟のうえ、右基準によつて各理事がそれ相当の考慮のうえ採点したところ、別表三記載のとおりの結果になつた。右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  以上のとおり、各採点の根拠として特に不合理なものは見出せないのであるから、その根拠の範囲内で個々人の情状等を考慮してどれ程に採点するかは結局各理事の裁量の範囲内で行われたものであり、各理事の採点について特段の違法事由の疎明がない本件にあつては右採点結果を違法とする債権者らの主張は理由がない。

(四)  なお、本件承認基準第三項目の違法操業の事実が採点の対象とならなかつたことは右に説示したところから明らかである。

五(債務者理事会の本件審査の意図)

債権者らは「本件承認基準の決定、本件小定置行使権者の決定は債務者役員の利益を意図したもので、債権者らの排除を目的としたものである」旨主張する。

たしかに、本件審査の結果、組合長滝本がA級沖一号に、同人の本家滝本正市がA級沖二号に、同人の兄坂見佐一郎がA級岡五号に、理事山崎留三郎がA級岡六号(従来、小田政四郎の操業していた)に決定され、新人では右山崎理事の甥山崎智記、山崎智光の兄弟、漁業権管理委員会菊地和吉と同人の親類である小山孝雄、漁業権管理委員堂端の弟浜谷直司が小定置漁場を獲得したことは債務者において明らかに争わず当事者間に争いがないところであるが、これらの事実からただちに、このようになつたのは理事会が右滝本、山崎等債務者役員の利益を意図して承認した結果によるものであるとは推認できないし、他に理事会が債務者役員の利益を意図して承認したとする疎明はない。

また、本件承認基準の決定については、前述のとおりその決定時期及び特別勘案事項の加点に関して公平上望ましくないと思われるものがあり、又第二項目の漁場移動による減点幅が著しく縮少されたことにより債権者らに不利益となつたことはその主張のとおりであるが、それは前述のとおりそれぞれについてそれなりの理由があつたための処置であり、理事を含む債務者役員の利益を意図してなされた行為であると認めることはできず、他にそれを認めるに足りる疎明はない。

以上の次第で債務者理事会のなした本件小定置行使承認審査は理事の裁量の範囲を逸脱しない適法なものであるから、理事の権限濫用とは認められない。

六(結論) したがつて、債権者らの本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、また、保証をもつてこれに代えることは相当でないのでその余の点につき判断を加えるまでもなく、失当としてこれを却下すべきである。

よつて申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(龍前三郎 北谷健一 池田亮一)

別紙一渡海二四号第二第三種共同

漁業権行使規則(抜粋)

(承認の定数)

第一〇条 理事は、水産動植物の繁殖保護又は漁業調整上必要と認めるときは、海共第二四号の内容となつている漁業について、その承認の数(以下「定数」という)を定めることができる。

2 理事は、前項の定数を定める場合には、あらかじめ管理委員会の意見を聞くものとする。

(承認の基準)

第一一条 第三条による申請が前条第一項の規定により定められた定数をこえる場合には、理事は少くとも次に掲げる事項を勘案して漁業ごとに承認基準を定め、これに従つて承認するものとする。

(1) 当該漁業に、その者の生計が依存する程度

(2) 当該漁業についての経験の程度

(3) 当該漁業の操業についての違反事業の有無

(4) この規則若しくは、この規則に基づく規約又は制限の違反事実の有無

(5) その他理事が必要と認める事項

2 前条第二項の規定は、前項の規定により承認の基準を定める場合に準用する。

別紙二四八年度小定置網漁業権行使承認基準

第一項目 (三五点満点)

◎ 当該漁業に、その者の生計が依存する程度

申込者が当該漁業の収入で生活する比重と他収入(定給者)との比重を勘案し採点する。

第二項目 (一五点満点)

◎ 当該漁業についての経験の程度

過去四ケ年間中に一ケ年間以上休業した者は減点するほか、盛漁期に休業している者は一ケ月であつても減点する。又従来行使の経験をした漁場より沖網に申込した者については一段階沖に出る毎に0.5点を減点する。

尚又、申込者が切替前に共同経営者であり、今回の申込が単独の場合は、双方とも点を減点する。ただし切替前の共同が組合の調整による場合は、この限りでない。

第三項目 (一〇点満点)

◎ 当該漁業を営むための漁船、漁網、漁具及び必要最少限の干場又は施設が現に保有されているか否かを勘案して採点する。

第四項目 (二五点満点)

◎ 販、購買事業に対する協力の程度

過去四ケ年間中に申込者が行使した漁場及び他種漁業の水揚された漁獲物が全量出荷されているか否かを審査するほか、四ケ年間行使した各種漁業を経営するために必要とした漁網、漁具資材のうち、組合を通じて購買した度合を勘案して採点する。

第五項目 (一五点満点)

◎ 組合が行つている信用事業(貯金、貸付金)に対する協力の程度

◎ 利用事業に対する協力の程度

◎ 貸付金、購買品の売掛金の延滞の有無

◎ 当該漁業の操業についての違反の有無

◎ 四ケ年間中操業行使した各種漁業の操業についての違反の有無

特別勘案事項

組合経営に対して特に功労のあつた者については五点以内の加点をする。組合経営に対して特に組合、又は組合員に対して非協力的事実があり、この事に処して損失を与えた者については――点以内の減点をする。

別紙三 (採点表)〈略〉

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